岩井志麻子と徳光和夫の息子の共作。
岩井作品だけで一冊読めないのは残念ながら、とにかく面白いものばかりになってしまってこうして感想を書くのも大変になりそうなので、こうして分量を減らしてくれるのはむしろ有難いのかも。いや、それでは本末転倒か。
「想定外の悪意」因果応報。酷いことをした人間にそれ相応の報いが及ぶ、という話は水戸黄門や仕置人のように読んでいて気持ちが良い。しかし、それが語り手の「悪意」によるものだと知ると何とも怖ろしくなる。怪異はないけれど、これも怪談、かも。
「記憶の欠落」という題になってはいるけれど、実のところは欠落に加えて、あり得ない記憶の創出もセットになっている。
一年間結婚し離婚した相手のこと、その間の生活の記憶だけがすっぱりと消えてしまっている。結婚は事実のようだし、周りもちゃんと認識している。特に忘れねばならないようなのっぴきならない事情も無さそうだ。
一体どういうことなのか。この一年間については、すべてのことを忘れてしまっているのだろうか。それとも結婚相手に関わることだけなのか。それによっても原因は異なってくるような気がする。
いずれにせよ、聞いたことが無い不思議な話だ。
しかも、あり得ない記憶が「残って」いる。
とは言え、こちらの方はあまりに途方も無く、夢のような感じではある。
ただこの話、よく考えると怪談じゃないな。
「イマジナリーフレンド」この話も怪談というより心の問題かな、と思わせながら、オチで見事に怖い話に仕上がっている。ショコはやはりこの世のものでは無いのだろうか。
「父の話・父の話 その2」これは逆に一見怪談かと思わせながら、真相は怪異ではなく自分の精神が平安を保つために認識を歪めていた、ということに気付く話。
その解消が、突如現れた能力者によるものであった、というのも興味深い。
相手に寄り添ったカウンセリングは、大きな効果をもたらすこともあるようだ。
ちょっと妙なのは、父との関係は終わったから引っ越したのでは、と語っているけれど、知られたから引っ越すなら判るものの、それが無くなったから転居する、というのはどうも納得いかない。それとも、この頃に知られてしまった、ということなのだろうか。あるいは全く関係ないのか。
「井戸の中」記憶というのは時間と共に歪むことは有り得る。それにしても、この話のように凄い出来事の場合、強く刻み込まれてしまうのでそう変貌していくものでは無いだろう。
しかも、その中で一番強烈に残っていそうなアイテムがそれぞれバラバラ、というのは、おそらくは見えていたもの自体が違っていたのだろう。
それ以上に不思議なのは、三人とは時代も所も関係なさそうなアイドルが、同じ記憶をこれまた微妙に異なる形で記憶している、というところ。
何故なのだろう。
「奥さん」イマジナリーワイフ、とも呼ぶべき存在が、次第に現実に滲み出してくる。
なかなかな恐怖だ。
そしてオチがシュール。
まさか「奥さん」が謎の男に連れ去られてしまうとは。この男は現実の存在なのだろうか。「奥さん」とどう繋がっているのか。
以前アニメで観たことがあるような気がするけれど、男の方もまた同じ「奥さん」をイマジナリーワイフとして暮らしていたのかもしれない。
それにしても、よく語り手の家とそこに「奥さん」がいることを突き止めたものだ。
「そいつ」自分の周りにふと現れる、虫のような変な代物。タイプは違うけれど、カフカの「虫」のようでもある(実は長いことこの虫、芋虫だと思っていたのでそれだと全く一緒になる)。
大きさの描写はないけれど、吐瀉物に紛れたりもするようだから、普通の虫サイズかそれよりも多少でかい程度だろう。
一番判らないのは、この存在を何故自分だ、と思ったのだろう。何一つにているところは無いのに。
「大きな獣」これは、彼女としてはむしろ珍しい純粋怪談、しかも異世界もの。
単純にどこか別の場所と繋がった、というものでも無さそうだ。
繰り返し現れるし、何より車の中から謎の獣が飛び出してきたりもしている。
実に興味深い。
「自分の未来」写真や動画を見ただけで、その人の生死を判別できる能力。こんなの聞いたことが無い。
しかし、それ以上のことは一切出来ないそうなので、持っていても全く役にたたない超能力、ということになろうか。
後半のエピソードは何だか無理矢理な印象。内容的に足りなかったのかもしれないけれど、無くて良い話だった。死因が判明してるわけでもないし。
「普通の人」幽霊にも色々なタイプがいるのか、この話に出て来るように、薄い存在、というのも時折聞くし、現実の人と区別が付かない、という話も耳にする。
しかし、既に亡くなっている先生が地方の飲み屋のマスターとして現れ、かなりしっかりと話をした、というのはあまり聞かない。
どういう因縁でそうした巡り合わせが起きてしまったのか、それが何とも不思議だ。
元々そう縁のある関係でも無かったそうだし。
ハラダの件については、先生が学年を間違えていた、という可能性もあるのでは。
「偽の記憶」これまた記憶ネタ。
今回は、記憶している行動と周囲の皆が認識している行動とにギャップが存在している。
海と山、という対極のもので。
ただ、語り手の頭に残っている山のキャンプ場、というのが夢ではないことも証明されている。
実は海とは別に山にも行っていた、ということは有り得ないのだろうか。
ただ、最後の「偽の記憶」が事実だとすると、その時点で皆行方不明になっている筈だから、徐々に離れていった、というのとは異なる。
もっとも、この話はすべて語り手のみがそうだ、としているもの。「父の話」でもあったように、人間は記憶を改竄してしまうことも厭わない。
本当は、キャンプにも行っていて、そこからただ一人生還してきたのではないだろうか。
そう考えると、海で溺れた、というのも怪しい。どうして大したところでないのに急に溺れたのか、誰が気付いて助けたのか、何故一日以上意識が戻らなかったのか、など経緯がどうにも曖昧だからだ。
「電話ボックスのビラ」オチの文章ではないけれど、何か事件の匂いのする一編。
手書きのビラ、というのも実に気持ちが悪い。よく持ち帰ったものだ。
しかも、怪談としても見事な不条理展開を見せてくれ、ますます不気味さが募る。
「まとわりつくもの」父の霊かと思っていたら全く別のもので、実際に父の霊が現れ自殺を止めてしまう、というのはユニーク。
死んでも子供のことを助けようとする。泣かせる父親だ。もっとも自分の自殺が発端だから、手放しに褒めることも出来ないけれど。
一方の母親は、その存在が本当に母由来なのかは不明ながら、やはり心を病んでしまっていたのだろうか。
「録画映像」何だか凄く妙な映像だな、と思っていたら、やはり広告などはおろか、実際に存在するものでも無いらしい。
その映像は、いかにもホラー映画の一シーンのような不気味で意味不明な内容だ。
どこから来た何の映像なのだろうか。
「どこかの古井戸」この世のものなのかすら判別できない場所に出会す、という話は時折あるし、先に挙げたものなども存在する(「大きな獣」etc.)。
しかし、意外にもその場所が実在する、と判明したケースはとんと聞かない。珍しい話だ。
ただ、これが本当に存在する場所なのか、そしてこの相手が実在する女性なのか、という点には何だか疑念が生じてしまう。
何やら怪しいモノに呼び込まれて姿を消してしまった、という風にも窺えるからだ。
特に古井戸についてはシチュエーションが尋常では無いし。
「ピシャッ」自分の住んでいるアパートに幻の三階が存在する。自分の部屋の真上で、しかも人が住んでいる気配がある。
これは怖ろしい。よく住み続けられるものだ。
「トマソン」が存在しているところからして、昔は三階も実在していたのか。
とは言え、アパートでは構造上難しそうだし(しかもボロそうだ)、何かあったとしても三階だけ取り壊す、というのは更に難しいだろう。
何が見えているのだろう。
「足りてますか?」明確な怪異が起こっているわけではない。
しかし、東京と地元と地理的に離れ時間的にも相当経過しているのに、一瞬の隙に石を渡していった「眼鏡のおばちゃん」は、それだけでもこの世離れしている。
しかも、一連の事件を覚えているとも思えない息子が石に取り憑かれ行方を眩ましてしまう。
何かの因縁があるか、無差別怪異に引っ掛かり目を付けられてしまったのか。
石を置いたところ息子が夕食を作って待っていた、というのも何だか気持ちが悪い。
息子が帰ってくるようなことはあるのだろうか。
「クリスマスデート」なかなかに不条理な話。
甥っ子と一緒の愛美といない愛美。途中で入れ替わっているので、ドッペルゲンガーというわけでもない。おもちゃが残っているので夢でもない。
しかも、友人にはまるで甥っ子がいる方の彼女であるかのようなコメントが。
何をどうするとこんな事態が起きるのか、まるで見当が付かない。実に興味深い。
その後にあった「いろいろ」に真相のヒントがあるようで、是非追究して欲しかった。
岩井作品は、下手をすると全部にチェックを付けてしまいそうな勢い。どれも皆面白い。
時折明らかに怪談では無くなるけれど、それもまた彼女の持ち味、ということで。
ある種病んだ方達の話なのでとても勉強になるし、何よりやっぱり面白い。
徳光氏の方も、限られてはいたものの珍しく不条理系の目新しい作品を知ることが出来、それなりに満足。
岩井氏の作品は2pと決まっているため作品数も多く、トータルとても充実した一冊であった。
凶鳴怪談 呪憶posted with ヨメレバ岩井 志麻子/徳光 正行 竹書房 2021年04月28日頃 楽天ブックスで見る楽天koboで見るAmazonで見るKindleで見るhontoで見る